セントラルファイナンスは、旧東海銀行系では最後の砦ともいえる有力子会社です。親銀行の2度にわたる再編・統合で、今後の行方が注目されます。セントラルファイナンスは、60年に名古屋市で営業を開始したのち、全国進出を図りました。現在も中部地区に厚い地盤を持っています。名古屋市に本部機能を置いている点で、大手他社と一線を画しています。同社は旧東海銀行系で、バブル期に発生した不良債権は旧東海銀行が債権放棄した経緯があります。セントラルファイナンスもジャックス同様、個品割賦に強く、オートローンは得意分野で、収益の大きな柱になっています。02年1月、旧東海銀行は旧三和銀行と合併、UFJ銀行になりました。対等合併でしたが、旧三和の力は大きく、この影響は子会社にまで及びます。旧東海銀行が中心になって設立したクレジットカード「ミリオンカード」は、02年に旧三和銀行系のUFJカードなどと合併して姿を消しました。05年10月、三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)の誕生により、セントラルファイナンスはUFJニコス、ジャックスの信販2社と「呉越同舟」の形でMUFGの傘下に収まることになりました。ミリオンカードを飲み込んだUFJカードはニコスと合併、皮肉にもミリオンカードと同じ道を辿ることになったのです。
日本は経常収支の赤字の増大に伴って生ずる円安を食い止めるために、金融を強く引き締めて、国民総生産を大幅に落とさなければならなかったであろう。国民総生産が大幅に減少すれば原油輸入量も削減できるからである。したがって、第一次石油ショック当時、変動相場制に移行していなかったならば、日本経済は実際に起きたよりももっと深刻な景気後退に陥り、失業率もかなり上昇したと考えられる。たまたま、第一次石油ショックの約七ヵ月ほど前に変動相場制に移行していたことは、日本経済にとって好運なことであった。次に、八〇年代から九〇年代の初めについて、国際金融市場における資金の還流の特徴をみておこう。この期間の主要な経常収支の黒字国は日本と西ドイツであった。しかしそのドイツも、東西ドイツの統一以後の九一年からは赤字国になっている。それに対して、この期間の主要な赤字国は米国であり、米国以外のOECD諸国では、イギリスとカナダが比較的大きな赤字国であった。なお変動相場制へ移行後、出際的に資金がスムーズに流れたのは、この期間に各国の資金の国際間移動に関する規制が緩和ないし撤廃されたことが大きく寄与している。この意味で、モノの貿易だけでなく、資金の国際間の配分も非常に効率的になったと評価できよう。
所要運転資金の考え方はすでに理解していただけたと思います。前項では運転資金の必要額を「残高」で把握しましたが、もう一つ「回転期間」で把握する方法もあります。回転期間というのは、月商の何ヵ月分になるかを意味しています。たとえば、売上げ債権の回転期間が長くなった場合は、取引先からの回収条件に変更がなかったか、あるいは受取手形の中に不良債権が混じっていないかということが気になります。在庫回転期間が長くなれば、これはもうデッドストックを疑う必要がありますし、支払債務回転期間が長くなったら資金繰り悪化から支払手形の乱発をしているのではないか、などと考えるわけです。企業の業績は常に均一の状態で推移するわけではありませんし、全てが順調に右肩上がりの成長を遂げるわけでもないのです。融資担当者は、そうした生きた企業を相手にしているわけですから、相手の変化をいかに早く発見するかということに神経を遣う必要があります。回転期間での分析はその格好のツールとなるでしょう。